歯科医院のM&Aの成功事例の定義とは
今回は、従来の歯科医院のM&Aや事業継承とは全く異なる事例について、深堀してお話しいたします。
従来の歯科医院のM&A、事業継承とは
これまでの歯科医院におけるM&Aや事業継承というと、主に一人院長の引退に伴うものが一般的でした。
具体的には、高齢の医師が引退を目的に、小規模の診療所のユニットや機材などを数百万から1,000万円程度で譲渡し、新たに歯科医院を開業したい若手の医師に引き継ぐといった流れです。
しかし、近年増加しているようなユニットが10台を超えたり、従業員数が30名を超えたりするような、規模が大きい歯科医院は買手が見つからず、事業継承が難航するケースも少なくありませんでした。
医院の価値を高めるために規模を拡大してきたにも関わらず、それによって売却時に苦労するといったことも起きていたのです。
そのため、規模が大きい歯科医院の場合は、子供や親族に継いでもらうか、敢えて規模を縮小して自身で廃業するしか方法がないという状況もありました。
この5年間でどのように変わっていったのか
買収側の変化
ここ5年間で、歯科医院のM&A市場は大きく変化しました。
特に買収側の変化が顕著で、以前は大規模な歯科医院に対して買手がつきにくかったのが、最近では投資ファンドや一般企業の参入によって、5億円、10億円といった高価格帯でも歯科医院の買収を希望する企業が増えています。
2018年に日系の投資ファンドが歯科医院を買収した際、当時は「上場ができない歯科医院を買収してどうするのか」と冷ややかな声もありました。
しかし、2023年に、このファンドから他の投資ファンドへの歯科医院グループの売却が成功したことによって金融業界からの注目が集まり、今では歯科医院の買収もM&A市場においてニーズが高い分野となりつつあります。
こうした動きの背景には、日本では調剤薬局の買収がピークを迎えており、次なる業界再編の候補として歯科業界に注目が集まっていることもあるようです。
薬局業界では、マツキヨやココナラの統合事例のように大きなケースもありますが、将来的に歯科業界でもそういった流れが起きると読んで、水面下で歯科医院の集約を進めている企業が増加しています。
また、米国では、大きな資本を持つ組織による歯科医院のチェーン化の流れが進んでおり、全米の8%の歯科医院がすでにチェーン化され、最も規模が大きいグループは全米で1800医院を運営するまでに拡大していることも、投資家の将来予想に影響しているようです。
売却側の変化
買収側だけでなく、売却側にも変化が見られます。
日本全国には歯科医院が67,000件ほどある中で、かつて年商1億円を超える医院は、そのうちの約5%とされていました。
しかし、今日では8%近くの医院が売上1億円を超えているとする調査もあり、一施設における売上が大きくなっているのがトレンドです。
スタディグループやウェブセミナーの普及によって、経営ノウハウが共有された結果、規模の拡大や分院展開の成功する歯科医院も増加してきました。
さらに、歯科医院を運営していく上で、ユニットや医師、従業員が多いほうが運営しやすいといった規模のメリットもあることから、医院の規模を大きくするという流れにシフトしてきています。
このように、売却前提でなかったとしても規模を大きくする歯科医院が増えたことで、結果的に近年の買手のニーズにも合致してきているという現状があります。
仲介会社の変化
このような動きの中で、歯科医院のM&A仲介に参入する仲介会社も増えていることが、ここ最近の状況です。
他方で、中には実績が少なく、歯科業界特有の知識がないまま営業活動をしている会社も少なくありません。
実際、全国には約3,000社もの仲介会社があると言われていますが、半数以上はM&Aを成約させた経験がないとも言われています。
経験の浅い会社によるM&Aでは、適切な候補先の提案ができなかったり、売手の歯科医師が必要とするサポートを受けられなかったりということもあります。
したがって、より良い条件でのM&Aを成功させるためには、しっかりとした知識と経験があり、信頼できる仲介会社を見つけることが非常に重要です。
40代での歯科医院の売却事例
ここでは、40代で歯科医院を売却した歯科医師の事例をご紹介します。
売却前の該当歯科医院の状況を教えてもらえますか
売却された歯科医院は、関東に5院以上のクリニックを持ち、売上規模は10億円、従業員は100人以上という規模で、医院の経営状態も順調でした。
売却(譲渡)を検討した理由
売却主である40代前半の歯科医師は、10億円を売上目標に掲げて邁進してきたものの、目標を達成した際にさらなる拡大に対して疑問を抱き、心身の疲れを感じるようになりました。
特に理事長として法人を運営することには大きな責任が伴うものです。
また、日頃から細かいことにも目が行き届く気質でもあったことから、ストレスが蓄積されていました。
そこで、医院を売却することで経営責任から距離を置き、歯科医師としてのキャリアを見直したいという思いで、売却を検討するようになったのです。
売却にいたった経緯
売却した医師はまだ40代前半という若さであること、さらに経営も順調であったことから、急がず自分に合ったパートナーを探し、歯科分野での実績を持つ日系の投資ファンドを選定しました。
この投資ファンドは、既に持っている歯科医院のマネジメントを更に向上させるため、優れたオペレーションシステムを持つ医院を買収したいという考えを持っており、無事にマッチングに成功しました。
その後6ヶ月間の準備期間を経てクロージングを行い、満足のいく成約に至りました。
歯科医院の経営が良好な状況でのM&Aについて
メリット
経営が好調な歯科医院は、高額での売却が可能です。
特に、従来から行われてきた歯科医院のM&Aは、引退間際の医師が行うイメージが強く、ネガティブな意味合いで語られがちでした。
しかし、絶好調のタイミングでの売却は、高い金額で売却できるだけでなく、好印象を与えられることもメリットです。
デメリット、気を付けないといけないポイント
40代での売却は、その後の人生やキャリアを考えることも大切です。
売却金額が億単位など高額であっても、その先の人生はまだまだ長いものです。
そのため、将来のライフプランや収支のバランスを考えたうえで、働き方を考えていく必要があります。
その後の院長や従業員の働き方が大事
経営責任から離れることで、歯科医師として臨床に専念できるほか、現場の従業員教育により深く関わるなど、医院の質を高める役割に携わっていける点もポイントです。
完全にリタイヤするのではなく、例えば2,000万円程度の収入で勤務医として働く方法もあるでしょう。
勤務時間や内容を絞ることで時間と心の余裕が生まれ、より満足度の高い人生につながるかもしれません。
若いうちに大きなキャッシュを得ることの意義
早い段階でまとまった資金を得ることは、その後のキャリアやライフプランに多くの選択肢をもたらします。
プロの投資家の観点では、早めに得る現金の方が、数年後に得る現金よりも価値が高いとする考え方もあります。
人生においても同じことが当てはまり、大きな資産を早期に得ることで、投資や新たな挑戦もしやすい点もメリットです。
極端な例ですが、90歳の人が10億円を持っているのと、40歳の人が5億円持っているのでは、後者の方が豊かな人生といえるのではないでしょうか?
また、手元の資金に余裕があることで将来に対する不安やストレスの軽減にもつながり、人生の余裕を高める要素のひとつにもなるでしょう。
経営状態が良い状況での歯科医院の売却についてのまとめ
歯科医院のM&Aは、高齢医師による引退に伴うイメージが強いですが、最近では若手の歯科医師が、業績好調な医院を好条件で売却されるケースが増えています。
医院経営が苦しくなってからの売却では、そもそも買手がつかないことも多く、買手がついたとしても、譲渡金額や売却後の医院運営方針などにおいて、売手の歯科医師や従業員さんに有利な条件となることは難しい現実があります。
上記の観点で、経営が順調なうちに、引継ぎ期間を設定した上で、医院を売却することは、現在の医院に大きな変化を生じさせずに医院を継承できる場合が多く、売手の歯科医師、従業員さん、そして患者さんにとって、まさに三方良しといえるかもしれません。
実際にM&Aを実行されなくても、経営が順調なタイミングで、M&Aを検討されることは、新たな世界観に触れ、人生設計を考えるきっかけにもなるのではないでしょうか。